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「あおもり歴史トリビア」第472号(令和3年9月10日配信)

「あおもり歴史トリビア」第472号(令和3年9月10日配信)

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〈青森市メールマガジン〉
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 こんにちは! 室長の工藤です。
 「大津事件」ってご存知でしょうか。明治24年(1891)5月11日、滋賀県大津市で来日中のロシア皇太子ニコライが警備の巡査に斬りつけられたという事件です。この事件については「政府は加害者の死刑を求めたものの、大審院長児島惟謙が司法権の独立を守った出来事」として一般に知られているかと思います。これならば「あぁ〜知っている」という方も多いだろうと思います。
 で、大津事件と青森は何か関係があるのだろうか…。

 実は、ニコライは青森を訪問する予定になっていたのです。当時はまだ鉄道が青森には通じておらず(おなじ年の9月1日に開通)、当時の『東奥日報』は盛岡から青森までのニコライの旅路はなみなみならぬ厳しい旅路となるだろうと記しています。さらに続けて、横浜以北の「良港」といえば函館であるにもかかわらず、青森を訪れるニコライには心に秘めたものがあるだろう。だから迎える青森の人々は彼が十分満足してもらえるよう敬意を払うべきだと言います。そして、青森町では5月上旬までに「接待委員」を決め、なかにはこの機会に一儲けしようと目論んでいる商人もいたようです。こうした歓迎ムードが昂まってきた最中に事件は起きたのです。

 『東奥日報』は事件の第一報を5月13日付の紙面で伝えていますが、12日早朝に「附録」をもって速報したともいうので、号外のようなものが出ていたとみられます。そして13日中に県会議長をはじめ「郡長・郡吏・青森町民惣代および各町村民惣代」までもがニコライが滞在している京都の旅館にお見舞いの電報を送っています。
 事件が起きてからも青森町では予定通りの来訪を期待していましたが、5月下旬に青森には寄らずニコライは帰国するという報が届くと、「歓迎準備の空しからんことを恐れ大に望みを失ひしか」と報じられたように、青森の人々の大きな期待は失望に変わってしまいました。

 ちなみに、青森町ではニコライの来青に併せて、4,800円余りの費用を投じて新浜町の桟橋を架け替え、その工事は5月31日に竣工しました。明治9年に架設された桟橋は、明治23年に架け替えられたともいいますが、この説は検討の余地がありそうです。

 なお、ニコライの青森来訪については、『広報あおもり』平成26年(2014)8月15日号の「青森タイムトラベル」に詳しく書かれていますので、併せてご覧ください(バックナンバーは青森市のホームページから閲覧できます)。



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  • 登録日 : 2021/09/10
  • 掲載日 : 2021/09/10
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