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「あおもり歴史トリビア」第568号(令和5年9月1日配信)

「あおもり歴史トリビア」第568号(令和5年9月1日配信)

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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは!室長の工藤です。
今日9月1日は、大正12年(1923)9月1日の関東大震災から100年の節目の日です。今回は関東大震災直後の青森県内での初期対応の一端についてご紹介します。

震災発生の翌日、9月2日午前9時に尾崎勇次郎知事は県幹部をはじめ工藤卓爾青森市長・赤十字職員を集め協議会を開きます。ここで、東京方面への緊急食糧輸送が決定し、県内の食糧・缶詰・干魚の在庫調査をすることになりました。東京周辺の鉄道が寸断されている情報はすでに入っていたので、輸送方法は臨時列車を仕立てて茨城県の土浦まで運び、そこからは自動車で運ぶ計画だと新聞は報じています。
さらに、午後2時35分発の列車で県の庶務課長を東京に派遣することになりました。これは、内務省と救急施設について打合せをするためのものでした。食料輸送の第一弾もこの日、青森市内から缶詰・ローソク・マッチ・缶切りを午後5時15分発の列車で運ぶことが決定します。さらに青森市内から米20,000俵が発送されることも決まります。

また、輸送手段としては鉄道のほか船舶も使われました。青森市の藤林源右衛門が手配したと思われる汽船に、さきの米20,000俵のほか縄や筵を積み込んで輸送することになりました。さらに大湊に碇泊中の軍艦春日は、さまざまな救援物資を積み込んで2日午後3時に出航しました。
 
2日夕方には、知事、県会議長、青森・弘前市長などが発起人となり、義捐金を募集することを決定します。そこで青森市では3日午後、市役所に町会の惣代を集め義捐金の募集に着手することを決めます。翌4日には市内の資産家50名を市役所に呼び、義捐金醵出について市長と「懇談」することになりました。
市長はこれらに先立ち市民に向けてメッセージを送りました。そこには、東京方面の震災は「非常の悲惨事」であって、これに対処することは「国民共通の義務」であり物資の送り出しなどには誠意をもって対応し、「決して暴利を貪ることなからんこと」とあります。

こうして被災地への物資輸送・義捐金募集といった支援の体制が立ち上がる一方、罹災者が青森方面に避難してきました。新聞によれば北海道に向かう人が多かったようです。罹災者は着の身着のままで、数日食事を取っていなかったり、怪我をしている人も多かったようです。そこで、9月4日に最初の救護所が青森駅前にできます(設置者不明)。その後も県衛生課、青森市医師会、赤十字が駅前に救護所を設置して、負傷者の手当等に当っています。赤十字の救護所では衣類の配給もありました。

救援物資には、今回取り上げた食糧のほかにも医薬品や材木などがあります。こうした物資が被災地の人々にどのような形で手渡されたのか…これについてもいつかご紹介できればと思っています。



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